百合とお菓子と

パンナコッタ(@yuridake2018)の百合ブログです

『citrus』感想 ~完結に寄せて~

※この記事では「読者」という表現を便宜上たびたび使用します

 

スタート以来、2010年代の百合を常に最前線で引っ張り続けた『citrus』が遂に完結しました。僕としてもかなり入れ込んで読んだ作品なので、無事完結して嬉しいやら終わってしまって寂しいやら、とにかく複雑な感情がこみ上げてきます。そのせいか、どう感想を書けば良いのかさっぱり分からないのが正直な所でして……。

とはいえ、「この作品の完結で何も書かないのはありえないでしょ」という想いも確かにあり、ざっくりでも何かしら言語化しておかなければと筆をとった次第です。何も決めてなくても書き始めればなんとかなる。そんな精神でいきたい。

ではさっそく。

citrus』は、徹底して主人公である藍原柚子さんに読者を同化させるお話だったと思います。見た目はギャルだが中身は純情乙女、家族思いで仲間思い、行動力も抜群、感情表現豊かで考えていることが分かりやすい。特徴をざっと挙げてみるだけで、大勢から共感を抱かれるだろうことがうかがえるのではないでしょうか。

それだけでも十分すぎる同化能力。ですが、『citrus』はそこに留まりません。柚子さんの同化能力を、作品の構造全体を以てさらに押し上げてみせたのです。「メインの人物に読者を同化させるようにストーリーを展開するのは普通じゃないの?」という向きもあることでしょう。ご指摘もっともですが、もう少しだけ説明させてください。

確かにメインの人物の同化能力を高めるのはごく自然なこと(ただし作劇の全てではない)です。その点では、『citrus』も基本に忠実な作品だったと言えるでしょう。しかし、『citrus』のメインを張る人物は柚子さんだけではありません。最終巻のキャッチコピーに「姉妹の物語」とあるように、本作は柚子さんの妹となる藍原芽衣さんを中心とした物語でもあるのです。ところが、この藍原芽衣さんという人物、柚子さんとは真逆でとにかく何を考えているか分からない。言動を細かく見ていけば「こういうことだったのかな」くらいの理解はできますが、それにしたってやることなすこと色々と突拍子もなさすぎるんです。芽衣さんの思考や感情を常に正確にトレースできた読者なんているのでしょうか。

当然のことながら、そんな芽衣さんに柚子さんは翻弄されます。序盤の「部屋でいきなりキス」はその最たるもの。ここで「なるほど分からん」と柚子さんと読者の見解が一致します。そこからは一事が万事そんな調子で、「芽衣は一体なにがしたいんだ?」と柚子さんと読者は一緒に頭を抱えていくことに。柚子さんの同化能力、うなぎ登りです。ここまで徹底して、メイン二人の内片方の同化能力を高めていく作品はそう多くないはずです。

こう書くと、まるで芽衣さんが柚子さんのために配置された舞台装置的な人物だったかのよう。なんなら、「人気者をわけの分からない言動で翻弄する」というのは、ともすると読者から嫌われてしまう危険性をも内包しています。ですが、芽衣さんはそうはなりませんでした。むしろ、柚子さんに負けず劣らずの人気を誇っていると言えます。

なぜ、そうなったのか。

読み直すまでもなく、作中、柚子さんは芽衣さんを好きになっていきます。そこに、突拍子もないことをするけど辛そうなのが気になる、要するに「なんか分からんが分からんからこそ放っておけない感じ」が無関係ということはないでしょう。「分からなさ」もまた、柚子さんにとっては芽衣さんを好きになる上で必要なファクターだったのです。そして先に述べた通り、読者は柚子さんに同化されつくした存在です。そんな読者が、柚子さんと同様に「分からなさ」故に芽衣さんを気に入るのは不自然なことではありません。芽衣さんの「分からなさ」は、柚子さんの同化能力を高めることを通して芽衣さん自身の魅力へと昇華されたのです。それが、芽衣さんの絶大な人気に繋がったのだと思います。

藍原姉妹は、二人揃ってこその魅力を放った、百合の申し子とも呼ぶべき姉妹でした。

 

と、こんな感じで、まとまりのなさはともかく、どうにか藍原姉妹の魅力を言語化してみました。『citrus』は登場人物の層が異様に厚い作品なので、他にも語りたい人物が大勢います(はるみんとかはるみんとかはるみんとか)。とはいえ、内容があまりとっ散らかってもな、という気もするので、その点についてはツイッターの方で気が向いた時にでも。