『やが君』と『とど糸』に見る告白シーンの可能性
『やがて君になる』6巻が発売され、「人の姿を留められなくなった」百合のオタクが続出した今日この頃。重度の『やが君』ファンな僕も当然その例外でいることはできず……。
いや凄かったですね、『やが君』6巻。圧巻の生徒会劇に始まり、見ているこちらまで胸を締めつけられる告白シーンまで全く隙のない一冊かと。
ところで、その告白シーンは「伝えてはいけない感情を伝える」という、恋愛モノの中でもとりわけシリアスなものだったわけですが、つい最近、同様のシーンを描いた作品がありますよね。そう、7月に発売された『たとえとどかぬ糸だとしても』3巻です。こちらはこちらで、好きになった相手が兄の嫁という伝えてはいけない度がおそろしく高い状況下でした。
名作と名高い両作が近いタイミングで類似のシチュエーションを描いたこと自体も面白いなと思うのですが、それ以上に、描き方の違いの方に僕は面白さを感じています。類似のシチュエーションをやった二作を比べるってなんか最近もやった気がしないこともないですが、まあそういうのが好きなんだなくらいに考えてください。
で、描き方がどう違うのかと言えば。『やが君』は告白の全貌を見せたのに対して、『とど糸』はそれをあえて一部マスキングして提示しているんですよ。
『やが君』については本当に包み隠さずで、キスシーンから言葉での告白まで全て見せつけてきました。あまりにもストレート勝負すぎて、見せる/見せないという点についてはわざわざ語る言葉も見つからないほどです(再演とかメタファーとか、他の観点についてなら喋りたいことが山ほどある名シーンですが)。
とはいえ、先輩の「ごめん」に込められた真意を侑さんが早とちりするという「作中のある人物は知らないが読者は知っている」状況を作り出すことでクリフハンガーとしての機能を強化しているあたり、決して単調な流れにはなっていないのが本作の凄い所です。その上「ごめん」の真意については早とちりだが先輩の感情についてはあながち間違えていないという状況でもあるので、告白シーンそのもののストレートさに比べてかなり複雑な流れになっていると思います。
対する『とど糸』の話はツイッターの方でも言及しているので、そちらを見ていただければ。以下セルフ引用になります。
百合漫画において「どこまで見せるか」は非常に重要なポイントだが、この作品は「見せない」ことに並々ならぬこだわりを持っているタイプだと思う。旅館でのラストシーンの直後に何があったか、当該シーンの二人の芝居と、P157,158の所作だけで表現してみせている。
— パンナコッタ (@yuridake2018) 2018年7月18日
※ネタバレを含みます
※「P157.158の所作」とは薫瑠さんが自身の唇付近に左手を持っていく所作のことです
何があったか。ぶっちゃけ「キスシーン」ですよね。百合漫画での登場確率がめちゃくちゃ高いこのシチュエーションを、『とど糸』ならではの設定を絡め、『とど糸』ならではの意味を生み出し、そして『とど糸』ならではの展開を作り出すことに使ったのは見事な手腕だ。
— パンナコッタ (@yuridake2018) 2018年7月18日
※ネタバレを含みます
3巻時点ではそのような断言は何もされていないので、当然「違う」可能性もあります。なので4巻が発売されたら(百合姫本誌で読んでいる人はもう知っているかもしれませんが)、僕がトンチキなことを言っているとバレるかもしれないですね笑
— パンナコッタ (@yuridake2018) 2018年7月18日
※ネタバレを含みます
ウタさんの真意が確実に薫瑠さんに伝わったであろう瞬間=キスシーンをマスキングしたのは、『とど糸』らしくて非常に良かったですね。
※キスシーンについては単行本3巻の段階だと未遂で終わった可能性も残されています
さらに言えば、『とど糸』3巻はこのようなマスキングを採用したことで強烈なクリフハンガーを作り出した一冊でもありました。
※『とど糸』の話に紐付いている「恋か依存か」の話は別作品に関するものです
ここでわざわざ「とど糸」3巻を持ち出したのは、こちらも「読者を誘導する」という点で非常に優れた一冊だったから。終盤、ウタさんと薫瑠さんは旅行先では何事もなかったかのように振る舞う。結果として例のシーンに関してこちらは「何も……なかったのか?」と訝しむことになるのだが、
— パンナコッタ (@yuridake2018) 2018年8月28日
この「訝しみ」のシークエンスへの誘導が、「ウタさんの秘密が知られた」という筋書きを緩急のついたクリフハンガーに仕立てる上での重要なパーツとなっている。例のシーンの直後からラストのあれをやったんじゃあまりに単調すぎて、クリフハンガーとしては弱い。だからこその誘導といえる。
— パンナコッタ (@yuridake2018) 2018年8月28日
そんな感じで、『やが君』と『とど糸』は「伝えてはいけない感情を伝える」というシチュエーションを描いた同一カテゴリの二作ですが、同時に、描き方の面では実に好対照な二作であるとも言えます。告白シーン自体はストレートだがその他の部分で複雑化を図った『やが君』と、告白シーンの時点で複雑化を図った『とど糸』。ある何かを描く手法はひとつじゃないんだぞと証明してくれた実例が新しく出てきてくれて、喜ばしい限りです。